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まずは自己紹介として、簡単に越前市役所に入るまでのことを教えてください。

秋田県の旧比内町(現大館市)生まれで、5歳まで大館市で暮らしていました。そこから19歳の浪人していた時までは秋田市に住み、群馬県の大学に進学しました。4年間群馬県高崎市で暮らした後、2年間東京で働いていました。

今年の4月に越前市役所に入庁し、今は市民自治推進課で働いています。

浪人時代を経験されているんですね、僕も浪人経験あるんですよ。それでは浪人時代を経て入った大学時代の専攻を教えてください。また、それを選んだ理由なども教えてください。

地域政策学部地域政策学科におりました。地域振興や地方自治について学んでいました。ですので、今の仕事と結構絡んでくるようなことを勉強していました。

選んだ理由ですが、小さいころに鉄道会社のゲームにはまっていた時代がありまして、それがきっかけでまちづくりに目覚めました。最初は建築家を目指していたのですが、途中から行政の方に興味がわいたため、この道を選びました。

なるほど、幼いころの経験がきっかけになったわけですね。それじゃあ、学生時のアルバイト経験があれば教えてください。

レストランのウェイターをしていました。イタリアンのお店だったのですが、群馬って小麦粉文化でスパゲティを含め、麺類のお店がものすごく多いんですよ。

あとは、サッカーの試合の警備員をしたりもしておりました。暴徒と化したサポーターに襲われそうになったこともありました(笑)。あれはあれでいい経験だったとは思います。

結婚式場のアルバイトもしていたのですが、そこで礼儀とかを学ぶことができました。接客の対応だとか、そういったことは徹底的に叩き込まれましたね。

サポーターは熱いですからね。

秋田や群馬で生活していた時の、その土地ならではの経験などがあれば教えてください。

秋田には、東北三大祭りの一つの竿灯祭りというものがあり、僕の祖父が竿灯の審査員をしておりました。それで僕も祖父についていったりしたこともありました。

群馬と言えば温泉ですね。車で1時間もとばせば温泉に行くことができました。「飯食いに行くか!!」というのと同じくらいの感覚で「温泉に行くか!!」って感じでしたね。

話を聞いてると温泉行きたくなってきた(笑)。そんな越前市に移住する以前に感じた越前市の印象があれば教えてください。また、その印象は、実際に移住してみてどのように変わりましたか。

戦国時代の武将とか結構好きなので、越前って聞くと戦国時代の朝倉氏とかのイメージでしたね。あと、三国志も好きですよ。魏の張遼が好きですね、800の兵で10万の孫権軍をやっつけちゃったんですから(諸説あり)。曹操もいいですね。賛否両論あるみたいですが、人材登用は凄いと思います。

住んでみてから思ったのは、秋田と気候が似ているなと感じました。いままで住んでいた土地の中でも1番田舎のためか、地域内の結びつきといいますか、結束力がすごく強いと感じました。

三国志好きなんですね。僕も曹操好きなんですよ。たまに僕に曹操の1000分の1くらいでも人を見る目があればなあ、なんて考える時もあります。太史慈も好きです、「信義は違えぬ!それが、俺の流儀だ!」とかカッコいいこと言って

~(以下略)~

ちょっと三国志の話が長くなりましたね、それでは越前市の他にも移住先として考えた場所はありましたか。また、その中で越前市を選んだ決め手があれば教えてください。

沖縄ですね。卒業旅行の時に行ったのですが、めちゃくちゃ楽しかったです。いるだけで楽しかった記憶しかないですね。

それでも越前市にしたのは、結婚を考えている彼女が福井県内に住んでいたからです。それで越前市役所を受けたんですが、一次試験の時に面白そうな雰囲気を感じたのが決め手ですね。

越前市役所に入ったきっかけなどがあれば教えてください。

行政職員を目指していたからというのはあります。それで、県庁より市職員の方が自分の役割が明確で働きやすいかな、と思ったからです。実際に市民の方々に接することができるので、自分たちのしている仕事や政策が正しいかそうでないかが実感できる環境にあり、結果がわかりやすいところがいいと思っていました。市民の要望にも主体的に素早く動けるというメリットもありますし。

現在、越前市役所でどのような仕事をしているのか教えてください。

現在行っているのは、「狭隘道路除雪事業」というものを行っております。市が除雪している道路以外に、各町内から除雪の要望がある狭い道路を、住民の皆さんが責任をもって除雪してもらうことを条件に補助金の交付を行っております。狭い道路だと、市の除雪機が通れないからです。道路の長さ1メートル当たり、幾らの補助を行う、といった感じの事業です。越前市は狭い道路が多いので、大変です。

IJU課の一員として、今後取り組んでいきたいことなどがあれば教えてください。

個人的には、市内の企業の力になったり、市民の生活がよくなるような活動を行いたいと思っています。IJU課の枠にとらわれずにやっていきたいと思っています。

それではリレーインタビューに入りたいと思います。福銀IJU課のホープ、朝日さんからの質問です。なんじゃこりゃ??って思った福井弁を3つ教えてください。

「じゃみじゃみ」

テレビの砂嵐のことです。なぜじゃみじゃみと呼ぶようになったんですかね。

「はよしねま」

はやくしろって意味です。初めて言われたとき怖かったです。死の宣告されたと思いましたね(笑)。

「つるつるいっぱい」

水がコップからこぼれる直前の状態を指します。最初は「つるつる」=「そば」だと勘違いし、おそばをいっぱい食べるという意味だと思いました(笑)。

以上3つです。

ありがとうございます。福井弁はイントネーションも超独特ですもんね。

それでは最後に、次回インタビューの指名をお願いします。また、その人への質問を1つ、挙げてください。

福銀IJU課の兜絵梨子さんにお願いしたいと思います。

質問は「一番幸せな瞬間を教えてください。」

なんか面接で出てきそうな質問ですね(笑)。どんな答えが返ってくるのか楽しみですね!!

中田さん、ありがとうございました。

第11回 中田 周作(2017.11.17)
 
※発足したばかりのIJU課の活動を広く知ってもらおうと、
IJU課のメンバー紹介をFacebookで連載していたものです
 
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